[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」




ワタシの頭にウニがいる 
[Novels Menu]




 合コンで王様ゲームが流行ってた頃「三番が七番にキスする」って王様から命令さ
れて立ち上がったヤマシタ君とユカリにみんなが「おーまかせ、おーまかせ」って合
唱したとき、風邪ひいて鼻が詰まってたワタシは「おーばかせ」と叫んでて、隣にい
たオオバ君から怖い目で睨まれて「なんだよ?」って訊かれて、それでやっと自分の
声がいつもと違うって気づいたワタシは、狙ってたオオバ君をエリに取られた、とい
う話は、マサキを笑わせるための作り話だ。

 月並みにアゴがしゃくれたワタシは顔ではユミコに負けるし、人格ではエリに負け
るし、体格ではユカリに負けるんで、トークで勝負しようと思って大爆笑のネタで、
イナモトとかユー・サンチョルとかベッカムみたく派手に場を盛り上げようと思った
ら「お前はナイジェリアのオコチャみたいにネタ合わせを無視するヤツだ」ってマサ
キから言われて、オコチャオコチャ怒っちゃいやんとワタシがダジャレを言ったら、
夏なのに窓からブリザードが吹き込んだ、というのはデフォルメだ。日本の夏にブリ
ザードはない。

 どうせ世間は冗談だか本気だかわかんなくて、そんなことどうでもいいじゃんと言
いたくなること熱弁されまくって、まともに付き合うとどっと疲れるから、ワタシは
ネタ合わせも場の空気も無視するようになった。ワタシがウケる時代はもう永遠に来
ないかもしれない。

 ワタシとマサキの間には、愛はないし恥もないし、真実もない。ジャイアンツ打線
が爆発するとマサキも爆発する。マサキはマツイやキヨハラが好きで、ワタシもマツ
キヨは好きだけど、どっちかって言うとニオカとヨシノブが好きで、マサキの顔はニ
シに似ている。ドラゴンズ・ファンだったワタシのお父さんはジャイアンツをヨミウ
リと呼んでいた。ワタシの周りにはジャイアンツをキョジンと呼ぶ人が一人もいない。

 マサキはとてもわかりやすい男で、マサキと一緒にいるとワタシは楽だ。世界中の
九十五パーセントの男はワタシを疲れさせるけど、マサキはワタシを疲れさせない五
パーセントの男の一人で、マサキほどニッカボッカが似合う男をワタシは知らない。
マサキのニッカボッカ・スタイルをワタシが実際に見たわけではなく、ニッカボッカ
が似合う男の顔と体型と姿勢を想像的に組み合わせるとマサキになる。ワタシは以前、
想像力豊かな左官屋だった。目を閉じるとワタシはいまでもロングスパン・エレベー
ターから見た、向かい側のオフィスビルの窓ガラスに写った自分の姿を思い出す。あ
の日あのときペンキだらけの作業服を着て、ワタシもあんな制服を着てOLやってみ
たいと思ったワタシがいまその制服を着ているのだから、カフクハアザナエルナワノ
ゴトシだ。カフクノアザナメルナワノシゴトにも興味はあるけどちょっと恐い。

 愛や恥や真実は、不幸な人に必要なもので、ワタシとマサキは不幸ではない。ワタ
シのどこが気に入らないのかはっきり言わずに陰でコソコソ悪口を言って笑い合うグ
ループに、ワタシとマサキは絶望していて、陰でコソコソ悪口を言って笑い合う人た
ちは絶望していない、それだけだ。世界中の九十五パーセントの男がワタシを絶望さ
せて、マサキとジャイアンツの選手とサッカーの日本代表チームだけがワタシに希望
を見せる。

 ワタシはビョーキで、ワタシのビョーキを面白がる人はたくさんいたけど、ワタシ
のビョーキに名前を付けてくれる人は一人もいなかった。慣れない物に触れると人は
はじめは面白がって、それから不気味になってだんだん離れる。ワタシはただ、ワタ
シにしか見えない理想のワタシに少しでも近づくことと、ビョーキから自由になるこ
とをテーマに、毎日欠かさずヒンズー・スクワットと腹筋と腕立て伏せをやってるけ
ど、ワタシの耳元にハエが近づいて無理だ無理だ無理だ無理だとワタシに言う。ワタ
シの中の音楽は、リズムはあるけど、メロディとハーモニーがない。

   ★ ★ ★

 マサキは、飲み会で麦焼酎のボトルの底に水平線とヨットが見えたから、トイレに
入って便器を抱きしめ意識を失ったまま大黒摩季の歌を歌ってたワタシを、勢いで自
分の部屋に連れ込んだバカな男だ。その居酒屋のトイレがワタシとマサキの出会いの
場所だったらしい。

 目が覚めるとワタシは裸で知らない部屋のベッドにいて、隣で眠ってる男のブサイ
クな顔を見てびっくりして強烈な頭痛と吐き気に襲われた。時計を見たら九時を過ぎ
てて遅刻だと思って焦ったけどその日は連休の二日目だって気がついた。飲み過ぎで
頭が痛かったけど眠ってる間にやられて損したような気分だったし、一応やったのか
やってないのか確かめようと思ってそのブサイクな男を起こしたら、眠そうな顔の男
から「風呂入る?」って訊かれてとりあえずシャワーを借りた。ワタシを部屋に連れ
込んで、やろうと思ってワタシの服を脱がしたけど立たなかった、ベッドから起き上
がった男がそう言うんで、この男は嘘をついてるかもしれない、そう思いながらワタ
シが大笑いしたら、男がふて腐れたんで、どうやら本当に立たなかったらしい。

 シャワーを浴びて水色のパンツをはいて、濡れた髪の毛先から所かまわず水滴を撒
き散らしながら風呂場から出ると、上半身裸でジョギングパンツをはいた男がキッチ
ンで料理してて「それ使えよ」って言って男がハシで指す方向を見たら、ベッドの上
に白いシャツとバスタオルがあった。胸毛がないのに乳首の下に一本だけ長い毛が生
えてる男の裸が間抜けでかわいくて、肩と二の腕に筋肉が付いてるけど腹がたるんで
て、いい感じだった。腹がたるんでる男は細かいことを気にしない感じがするからワ
タシ的にポイント高くて、もちろん腹がたるんでても細かいことを気にする男もいる
けど、その日の朝に同じベッドで目覚めたその男は「水飛ばすなよ、きたねえな、こ
れで拭けよ」とか言って足元にあったぞうきんを足で蹴ってワタシのほうに放ってよ
こして、ワタシは水滴を撒き散らしたフローリングをぞうきんで拭きながらひそかに、
その男にマサキとあだ名をつけた。なぜマサキなのかワタシ自身にもよくわからない。

「冷蔵庫ん中にトマトジュースと牛乳あるけど飲んでいいよ」ってマサキが言うんで、
シャツを羽織って冷蔵庫の扉を開いて中を覗いたら、野菜や肉がいっぱい入ってた。
冷蔵庫の隣の食器棚からコップを一つ取り出してトマトジュースを注いで、あんたは
? 飲む? ワタシが訊くと「オレ牛乳」ってマサキが言うんで、バスタオルでごし
ごし頭をこすりながら食器棚からもう一個コップを取り出して牛乳を注いだ。会った
ばかりの男の部屋で所かまわず水滴を撒き散らすワタシはガサツな最低の女で、マサ
キは口は悪いけどいやな顔をしなかった、いやな顔っていっても、ワタシにとってい
やな顔って意味で、マサキみたいにはっきりいやなことはいやだって伝わってくるよ
うなものすごいしかめっ面はワタシ的にそんなにいやじゃない。

 ワタシはそんなに物知りじゃないし、頭ん中はすき間がいっぱいあって、ワタシの
頭は軽くてけっこう融通が利くけど、この頭ん中にウニがいる。一発ガツンと怒られ
るだけならウニはびっくりして小っちゃくなるけど、同じことを何度も繰り返し言わ
れるとウニはワタシの大脳皮質言語野にトゲを刺して毒を出すので、ワタシはその毒
を口から吐き出して、これまで割ったコーヒーカップや湯呑茶碗が百個を超えた。夏
に家ん中に虫が入って来ると手でつかまえ、殺さないで外に逃がすお父さんから、物
は壊れても仕方ないけど生き物の命は大事にするんだよって教えられて、ハンマーや
モンキーレンチで誰かの頭をぶん殴らないと気が済まないほどムカついたとき、ワタ
シはとりあえず壊れやすい物をぶん投げる。

 男物の白いシャツと水色のパンツのワタシは、上半身裸でジョギングパンツのマサ
キと、ベーコンが入った炒り卵とトーストの朝食を食べた。焦げたベーコンが干物み
たいにかたくて舌が痺れるくらいしょっぱい炒り卵をひと口だけ食べて、これまずい
ねってワタシが言ったら「そうか? ごめんよ」と照れ笑いしながらマサキが謝って、
こんな物を食べてたらこの男は早死にするぞとワタシは思った。よくわかんないけど
この男を押し倒したい、押し倒したいと、ドミノ倒しの世界記録に挑戦するテレビ番
組に出演したときの破滅的な気分がワタシの胸にこみ上げた。ワタシがはいたジーン
ズとスニーカーは一秒間だけ日本全国に放映されたけど、フードファイターのシロタ
君にちょっと似てるワタシの顔は、ボカシなしで日本全国に放映されたことが一度も
ない。ワタシは以前、素人がタレントにいじめられるテレビ番組の仕込み要員だった
こともあって、泣いたふりとか怒ったふりとか、けっこううまい。素人が本気で日本
全国に自分の恥をさらすわけないからヤラセや仕込みが必要だと、番組制作プロダク
ションのディレクターからベッドの中で教えられた。ワタシはけっこうキレたりする
し、レンタルビデオ屋さんで何回も同じビデオ借りて一人で部屋で見て大泣きしたり
するけど、世間一般の人はふだん怒らないし泣かないから、怒りとか涙とか、あんま
り他人に見せたくない恥ずかしい感情を見せると視聴率が取れるそうだ。いつの時代
も基本的に視聴者は、他人の恥や不幸を見て喜ぶ、とかなんとか言って自分のセリフ
に酔ったような顔をしたそのディレクターは、入れてこすって出すだけの速攻一辺倒
の男で、弁当を食べるのが速い男はナニをやってもせっかちなのだとワタシは学習し
た。だからこんなまずい料理だけど、よく噛んでゆっくり食べるマサキをワタシは気
に入った。

 マサキの部屋には本が異常に多い以外に珍しい物は何もなくて、ワタシの部屋より
きれいに片づいていて、この部屋でマサキは何人の女とやったんだろう、そんなこと
考えたけど、そんなこと考えてもわかんないし、とにかくワタシはマサキの女になる
ことにした。少しがんばれば手が届くような現実的な努力目標がないとワタシはテン
ションがだらんとゆるんで、何もかもあきらめてまっさかさまに堕落するダメな女な
ので、マサキにだけは愛想を尽かされないようにしよう、ただおっぱいが大きいだけ
でなく、この大きなおっぱいから母乳が出るまで、マサキに好かれる女になろう、そ
うだワタシはこの部屋で、マサキの布団になろうと天国のマザー・テレサに誓った。

 テレビの番組はすでに不健康な時間帯に突入していて、顔と声がさわやかなアナウ
ンサーが出る番組をその日は見なかった。もう何百回もテレビで見た政治家の顔をこ
の日も見ながら、ユミコとヒロミはまたワタシを置き去りにしやがったなと、前の夜
に一緒に居酒屋で飲んだ友だちのことを思い出して、三人組の男の子たちがワタシた
ちの席に来て、その中にマサキはいなかった、ということは男が一人余ったはずだけ
どどうしたんだろう、なんて考えたけどこの際そんなことはどうでもいい、ワタシが
いま直面している問題はマサキとの関係を確立することだ、そう気づいてワタシはエ
ッチな目でマサキの顔をじっと見た。「なんだよ」って迷惑そうな顔で言うマサキを、
押し倒したい、押し倒したいとまたワタシは思い、ワタシが表現できる最高にエッチ
で魅力的な笑い顔をマサキに見せて、テーブルの上に寝そべるように腕を伸ばして頬
っぺたをつけ、カメラの連写みたくパチパチ激しくまばたきしながら、ねえ、あんた、
名前は? そう訊いて空いてる手でマサキのもみあげをさわろうとしたけど、マサキ
がまたものすごいしかめっ面して、もみあげをさわられるのをいやがって、そうだこ
ういう甘えたがりの顔とポーズをワタシがやるとものすごく気色わるくて男に嫌われ
るんだとワタシは思い出した。マサキはマサキじゃなかったけど、マサキがいつかマ
サキになる日まで、ワタシはマサキの布団だけでなくタワシにもなることにした。

   ★ ★ ★

 こうしてワタシとマサキの同棲生活が始まり一カ月が経って、どうせあと三カ月ぐ
らいで破局が来るかもしれないけどお先真っ暗、マサキが枕で、寝てる間にワタシの
口からよだれがこぼれる。ワタシは今まで泣けるビデオを男と一緒に見たことないけ
どマサキとなら、泣けるビデオを一緒に見てもいいかもしれない。

 ワタシの頭にウニがいる、とマサキがワタシに教えてくれた。ワタシの頭のウニは
悪意に敏感に反応して、悪意は攻撃ではなくブベツで、ワタシのウニを刺激する。悪
い人が一人減るといやな人が百人増える、サベツが一つ減るとブベツが十増えるって、
マサキがワタシに教えてくれた。ワタシには、陰でコソコソ悪口を言って笑い合う仲
間はいないけど、喜びを分かち合う友だちはいる。

 好きよマサキ。

(了)


[Novels Menu]


Text written by 火鳥冬星
Copyright(C)2001-2002 T_Katori all rights reserved.