幽霊芸能人の話 


作:火鳥冬星

(前頁)
     二十六

「ハルミさんとは、いつから付き合ってるんですか?」
 私の携帯電話を無断で盗み見て、「晴夏」を「晴美」か「晴見」と読み間違えた侑子が、
それほど気にしていない風を装いながら、鋭利な感情を瞳にちらつかせて突付いてくる。
「ええっと……八月。今年の八月から」
 正直に答えた。ハルミではなくハルカだが、侑子にはそのまま勘違いさせておくことに
した。
「どこで会ったんですか?」
「どこで? ああ……あの、キャバクラで」
「キャバクラ?」
「うん」
「え……加藤さんも、キャバクラなんて行くんだ」
「そりゃあ、まぁ……あ、いや、実は、僕の知り合いに、キャバクラの店長をやってる奴
がいて」
「ああ……飲み屋って、キャバクラだったんだ……」
「うん、まぁ……」
「え、八月の……いつ頃?」
「えっと、お盆休みの前かな。あ、でも、君はもう休みに入ってた」
「ああ……じゃあ、ひと月ぐらい?」
「うん。そうだね」
「え、でも、キャバクラの子が……好き者?」
 意外そうに侑子が訊く。意外なのだろうか……そう言われてみると、おかしいかも知れ
ない。
「うん、まぁ、その辺は、いろいろあって」
 ごまかした。侑子が疑いの眼差しを私に注ぐ。
「いや、まぁ、キャバクラで知り合ったというのは、嘘です」
 白状すると、「嘘なんだ」と、とがめるような調子で侑子が言う。
「うん、まぁ、ほんとは、もっと複雑な事情で、話すと長くなるんだけど……まぁ、出会
ったのが八月で、彼女がキャバクラで働いてるっていうのは、本当。うん、あの……うん、
実は、僕がキャバクラに彼女を紹介したんだす」
 噛んでしまった。語尾の「だ」と「です」が混じってしまい、『いなかっぺ大将』の風
大左エ門みたいな口調になってしまった。自分の言い間違いに苦笑したが、侑子は気がつ
いたのか気がつかないのか、んー、と不服そうな声を出す。
「いや、まぁ、その……成り行きと言うか、その場の流れで、そういう事になってしまっ
て……」
「そういう事って?」
 訊くまでもないことを、侑子は私に言わせようとする。
「いや、だから、ん……乗り突っ込み?」
 苦し紛れの返答に、侑子が吹きだす。
「だから……ああ、いや、まぁ、そんな真面目な付き合いではなくて……うん、だから、
ええと……とにかく、そっちのほうは、もう会わないことにしたから」
「ほんとに?」
「うん」
 疑いの目で、侑子が私の目をじっと見る。私も見返した。
「じゃあ、その、ハルミさんとは、そんなに深い間柄ではないのね?」
「うん……そうだね」
「そう……」
 よく考えると、晴夏との関係について、侑子からとがめられる筋合いはない。侑子にも
とがめる気がなかったかも知れない。私が一人で勝手に侑子に対して引け目を感じ、おど
おどした態度を見せたものだから、侑子は怪しんで、突っ込んできたに違いない。相手が
侑子でなくても、晴夏について突っ込まれたら、私は返答に窮する。ビデオから出てきた
なんて、正直に言えば、ふざけていると思われるだろう。実際、晴夏の存在自体がふざけ
ているのである。
 何か言わなければいけないと思ったが、うまい言葉が見つからない。侑子のほうが言葉
を継いだ。
「コーちゃん、お戯れがお好きですもんね」
 お戯れ……なんだか時代がかったことを言う。
「いくつなんですか?」
「いくつ?」
「その……ハルミさん」
 ああ、晴夏の年齢か。
「ええと……二十一」
「あ、やっぱり、若い子のほうがいいですもんね」
 当てつけがましいことを言われ、どう返したものかと思案した。気の利いたことを言い
たかった。
「ああ、いや……まぁ、女房と畳はなんとかで」
 言ってから、まずいことを言ったと気がついた。侑子の眉根に険が差す。直ってくれた
機嫌が、また悪くなりそうな気配である。
「ああ、いや、畳って言うか……そうそう、うちは畳じゃなくて、カーペットだから。カ
ーペットは、なんて言うか……」
 何を言ってるんだ……と、自分の口から出た言葉を疑った。侑子も、何を言ってるんだ
と言いたげに、眉根を寄せて首をかしげる。
「いや、まぁ、ほら……若い子がいいっていうのは、遊び相手としては……ね。なんだろ
う……やっぱり、長くお付き合いするなら、まぁ、そんなに年が離れていないほうが……
うん、そう、二十九歳。二十九歳がベスト……って言うか……」
 なんとか侑子にこじつけようとようとしたが、駄目である。侑子は呆れた顔をして溜め
息を吐く。
「いや、だから……」
 しどろもどろの私に、侑子が返す。
「あれじゃないですか? カーペットを引き合いにしたのは、好き者がいいって意味の駄
洒落じゃないんですか?」
 うまいことを言う。“敷き物”と“好き者”をかけている。
「いや、そういう意味じゃないけど……」
「あ、わかった。カーペットって言うか、なんとかペットがいいんでしょ? 生身の女よ
り、そっちとのお付き合いのほうが、長いんじゃないですか?」
 嫌なことを言う。なんとかペット……オナペットと言いたいのだろう。そんなことはな
い……と言いたいが、図星である。二十九歳の女はさすがに意地が悪い。苦笑いして溜め
息を吐いた。
「二週間前まで、君は、僕の、その、なんとかペットだったけど」
「うそ」
「いや、だってさ、アルファベットは、Hの前にGがあるでしょ。なんて言うか、Hの前
にGでイメージ……みたいな」
 Gというのは、もちろん自慰のことで、Hはセックスのことである。Hの後にIがある
――すなわち、男と女はセックスしてから愛し合う――というのと同じくらい、こじつけ
がましい理屈である。が、実際、そういうものではないだろうか。
「え、でも、ハルミさんとHしてたんでしょ?」
「いや、それは、だから……ほんとは君とHをしたかったんだけど、そういう関係ではな
かったんで、まぁ、なんだ、その……出来る相手とHをしてしまったというか」
「Hの相手がいるのに、Gもするの?」
「そりゃあ、するさ。え、しない?」
「HとGは別物?」
「いやぁ、まぁ、まったく別物ってわけでもないけど……まぁ、GはHより奇なり、みた
いなところがあって」
「HはGより奇なり、もあるんじゃない?」
「ああ……そうだ。Hしたら人妻の霊が出て来るなんて、考えてもみなかった」
 麗子のことを言うと、ツボに入ったように侑子が大笑いする。

 HだのGだの、いささか下世話になってきた。
「わたしね」と侑子が切りだし、ひと呼吸おいて「なんか、よく、かぶるから」と言う。
「かぶる?」
「うん。あの、誰かを好きになると、その人にはだいたい、付き合ってる人がいて」
「ああ……」
「だから、また、今度も二股かけられて、だめになるのかなって……」
 なるほど。
「いや、でも……たぶん、大丈夫だよ」
「なんで?」
「いや、麗子が言ってた。僕と君は結ばれる運命だって」
「ほんと?」と侑子は私の目を見て、首をかしげる。
「ほんと。まぁ、幽霊の言うことだから……信じたほうがいい」
 幽霊の言うことだから、あてにならない――と、言いかけた言葉は言わないで、都合の
いい言い方に切り替えた。
「ええ……ほんとかなぁ……」
 本当かどうかは、私にもわからない。
「ほんとだよ。うん」
 目を合わせた。呼吸を止めた。唇に目線が吸い寄せられ、考えが消えた。息苦しくて目
を逸らし、息を吐いた。

「HはGより奇なりって言えば……キガリってあったな」
 不意に、思いついたことを口にした。
「キガリ?」
「うん。どこだっけなぁ……タリン、リガ、 ビリニュス、じゃなくて……ああ、カンパ
ラ、キガリ、ブジュンブラ……だから、ウガンダ、ルワンダ……そう、ルワンダ」
「ルアンダ?」
「いや、ルアンダ、じゃなくて、ルワンダ。アフリカの……東アフリカだか、中央アフリ
カだか。ザイール……じゃなくて、コンゴ民主共和国の隣。その、ルワンダの首都が、キ
ガリ」
「ふうん……」
「ややこしいんだよね。ルワンダは国の名前で、ルアンダは、ほかの国の首都。なんてっ
たかな、ええと……ああ、アンゴラか。ルワンダは国の名前で、ルアンダはアンゴラの首
都」
「え、え……ええっと……ルワンダはキガリ、ルアンダはアンゴラ?」
「そうそう。あと、アンドラって国もある。アンゴラがアフリカで、アンドラはヨーロッ
パ。フランスとスペインの国境」
「フランスとスペイン……」
「そう……なんか、フランスとスペインは、隣同士って思ってたけど、国境にあるんです
よ、小っちゃい国が」
「ええ……そう……知らなかった。ややこしいね」
「そう、ややこしいんだよね。しかも、トルコの首都はアンカラ」
「やぁ……なんか、頭ん中、ぐちゃぐちゃになりそう」
「うん。ガンビアとザンビアとかね。セントクリストファーネビスとセントビンセントグ
レナディーンとか。ラパスとラバトとか」
「え、あ……もう、なんだか、さっぱりわかんない」
 侑子はすっかり混乱してしまったらしい。意地のわるい私も、さすがにそれ以上は言わ
ないことにした。地図を見ながら話せば少しは整理できるだろうが、名前だけではさっぱ
り頭に入らないだろう。
「え、で、ルアンダはキガリ、だっけ?」
「違う違う。ルアンダはアンゴラ。ルワンダの首都がキガリ」
「ああ、そう……じゃあ、ルワンダはアンゴラよりキガリ?」
 そう。事実は小説より奇なり。HはGより奇なり。ルワンダはアンゴラよりキガリ。
「でも……すごいね、コーちゃん」
「いや、お戯れで覚えてるんで」
 侑子が言った「お戯れ」が気に入ったので、さっそく使った。
「お戯れって言えば……オタワは?」
 侑子にクイズを出した。「カナダ」と侑子は即答し、「カナダにおったわ、でしょ?」
と確認する。「そうそう」と答えた。
「あ、ひょっとして、ブルンブルンのGカップって、ハルミさんのことじゃないの?」
 またそこに戻された。「いや、そんなには、大きくないと思うけど」と答えてから、答
えないで透かせばよかったと思った。真面目に受け答えすることではないと思いながら、
「CR海物語のマリンちゃんぐらい」と言い足した。
「何それ?」と侑子は笑いながら言い、「あ、CRって、パチンコ?」と訊く。
「そうそう」
「え、でも、やっぱり、巨乳でしょ?」
 侑子の突っ込みに、「あ、まぁ、うん……」と言葉を濁した。
「ごめんなさいね、巨乳じゃなくて」
 あてこするようなことを言う。
「いや、ゆうこりんだって……巨乳ってわけじゃないけど……」
 巨乳というわけではないが、侑子の乳房もそれなりにボリュームがある。バスローブの
襟に手をかけると、侑子は腕ではねのけ、胸元を隠すように襟を手でつかむ。
「それに、床上手だし」
 スケベ気分に乗じて、思いついたことを口にした。
「え、わたし? 床上手?」
「そう」
「え……そんなの、初めて言われた」
 冗談を思いついた。
「ほら、こないだ、バスルームで抱き合ってる時、俺の肩、噛んだだろ?」
「ああ……噛んだっていうか……」
「食われるかと思ったよ」
「嘘だぁ。そんなに強く噛んでないでしょお。ちょっと歯を立てただけで……甘噛みじゃ
ない」
「いや、鮫みたいだった」
「嘘だよぉ。もぉ……」と侑子は頬を膨らませ、あ、と何かに気がついたように声を漏ら
し、「とこじょうずのじょうずって、そっちのジョーズ?」と確かめる。
「そう」
「なんだ。ええ……床ジョーズって……やだ」
「まぁ、それは冗談だけど、床上手だよね」
「知らない」
 侑子がすねた。
 床ジョーズは晴夏のことかも知れない。あれは、こちらにそんな気がなくても、魔法で
人を金縛りにして、男の物を勃たせてくわえ込む。(続く)

※続きは2月17日頃に更新の予定です。



Text written by 火鳥冬星
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