| 亜木冬彦 「子連れ狼」 |
| ◆02年11月24日◆狼が震える大勝負 その結末は…… |
亜木冬彦氏の「子連れ狼」もjamano氏の「氷雨」と同じく将棋小説です。「氷雨」が「ビッグコミック・スピリッツ」世代の話なら、「子連れ狼」は「ビッグコミック」世代の話といった趣で、どちらも将棋の世界の面白さを存分に堪能させてくれます。 時は大卒初任給が3万円台半ばの時代。大阪・新世界のジャンジャン横丁に「一歩クラブ」という将棋会所があり、ここで賭け将棋が行われていました。主人公は25歳の青年・榊秋介。東京生まれで昭和44年に新世界に来て、釜ヶ先の日雇い労働で金を稼いだのち一歩クラブに出入り。一歩クラブには、約1年前にプロ棋士を引退し、将棋指南で煙草銭を稼ぐ7段の遠藤金伍がいて、この七十年輩の老人が「先生」と呼ばれ、さらに賭け将棋で生活費を稼ぐ「くすぼり」と呼ばれる連中が出入りしています。この会所の実力ナンバーワンが「タガゲン」こと多賀谷元。多賀谷はこの作品で最後まで、憎らしいほど圧倒的な強さを見せつけます。 この一歩クラブに、まだ小学校に上がる前と見られる男の子・サトシを連れた、津島という男がやって来ます。この津島がタイトルの「子連れ狼」で、この狼はいきなり獲物に飛びかからず、終盤まで息を潜め、獲物の動きをじっと窺います。 賭け将棋界で「カミソリ」と呼ばれる反町鋭司の登場で、しだいに緊迫感が高まります。反町はまず「床屋」と呼ばれる男を軽くいなし、その場にいる者がみな反町との対戦を敬遠する中、遠藤先生が相手をします。先生は元プロのプライドを賭けて勝負を挑みますが、反町に太刀打ちできません。敗色濃厚の先生が窮地に立たされたところで、多賀谷元が登場。昭和31年の王将戦での戦法が再現され、一歩クラブの面々は多賀谷の懐の広さに息を呑み、腕試しを兼ねて出稼ぎに来た反町は、ほうほうの体で逃げ帰ります。 この反町と多賀谷の対決が前半のヤマ場で、この対戦から一週間以上が過ぎて、いよいよ「子連れ狼」津島が本性を現します。 東北訛りで冴えない印象を与える津島は、小銭を賭けた将棋を数多くこなすばかりで、「くすぼり」から勝負に誘われても断り、それでも粘り強く確実に勝ち続けます。その津島が、多賀谷から誘われ、大金を賭けた大勝負に挑みます。 この津島と多賀谷の勝負で、ストーリーは佳境を迎えます。 中盤で、秋介がサトシに串カツを奢る場面があり、この微笑ましく温かいエピソードがラストを引き立て、非情で冷酷な勝負の世界の厳しさを強調します。 劇画的と言えばそれまでですが、将棋を知らないボクものめり込むほど、「子連れ狼」は面白いです。これほど緊迫感が漲る小説を読んだのは久しぶり。ただ単調に緊張が続くのではなく、緩急のつけ方が見事。滅多に食べられない旨い料理に出会ったように、無我夢中で平らげた、という感じ。しかしその味は、甘くも辛くもない。 読者を無我夢中にさせる作品は、限られています。たとえ「WEB小説として」レヴェルが高い作品にも、どこかしら物足りなさを感じる一読者が、この作品を存分に満喫しました。「面白い」以外に、言うべきことは何もないです。 この作品を読み終えたとき、ボクの手元にあったカップには、まだ半分以上、冷めたコーヒーが残っていた。★★★★★ |